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最近の私と 人の運、人の人生

この3ヵ月程

私は問題多発で落着かない日々を送って来ており

日記もご無沙汰でした。

この数年

如何云う訳か、春に成ると頭の痛い問題が発生する

是は

私の個人的なバイオリズムなのかも知れません

そう思い、先月私の名前を付けて頂いた金沢市の

  お寺さんに御払いも兼ね御参りに行きました。


最近、思う事の一つに

人の運は、良くも悪くも

人それぞれに万遍なく一人一人に付いて廻る

( よく言われる言葉ですが )

やはり、そうかも知れません

私は21年前に起業家として独立しました

現在、個人起業から此処までは

それなりに会社を成長させて来たと自分でも思います

その要因として

万膳なく廻って来るチャンスを捕える為に

会社スペース等に余裕を持たせて

万遍なく廻って来るチャンスを捕え設備投資をして

其れなりにモノにして来たと云う事で無いかと思います。

要は、廻って来るチャンスをモノにするには

モノにする事前の備えが最も重要と云う事に成りますが

私自身もギラギラした緊張感を持って

妥協せず是まで取り組んで来た結果であり

私は、さほど意識して来たつもりは有りませんが

知らず知らず、、、進め結果そうであったと思います。

そして

負の部分も万遍なく廻って来る事も言える事に成ります

私は昔から調子に乗った処で痛い目に合う

そんな人生を歩んで自分で自覚して来ました

独立してから21年

私はそんな自分に気を張って来たつもりでしたが

やはり

調子に乗っている自分が在るのかも知れません。

負も万遍なく廻って来る

日頃の自分に気を付け、侘び寂?的な心構えと

日頃の負の備え(防備)が必要と実感と悟ってしまいます。


今日

三年間在籍していた研修生が2名帰国しました。

これまで研修生から最後に言われる言葉に

『社長は、厳しいけど優しい』 と言われます。

私は日頃、研修生から『優しい』 と言われる

サービス的言葉は否定して受け入れて来ませんでした。

それは社会人としても

二十歳前後の仕事もした事が無い様な

若い娘を中国の両親から預かり

日本で事故も無く、3年後に親元に返す責任感から

多少厳しく、3年間私なりに面倒を見て来ました。

そして今日も研修生が帰る際

『 厳しくても優しい社長と言われ 』

私は3年間、面倒を見てきた甲斐があったと思いました。

そして

今回

 私から最後の言葉に

二人とも18歳、19歳で日本に来ました

中国に居た時は子供でした

そして3年間日本で仕事をして

社会人の勉強もして21歳、22歳に成り

今日、中国に帰ります。

今日、中国に帰ったら もう子供ではありません

もう立派な大人として周りからも見られます

そして大人としての現実と壁にぶつかります。

壁にぶつかっても負けずに頑張って下さい。

壁に負けない為には健康で無ければ成りません

だから健康が第一です。判りましたか。。。

これを私からの最後の言葉とし中国に帰って行きました。

夕方

電話が入り

『 今、中国に帰りました。周りに御父さん御母さんがいます。

健康に気を付けて頑張ります 』と電話が入りました。

私の最後の言葉を理解してくれた事に

ホッ として

中国に帰ってしまった事を実感し

3年間、ご苦労様でした、との労いの思い

3年間の思い出が ぶり返し複雑な思いに成りました。

取敢えず

元気で頑張って自分の人生を歩んで欲しいと思います。